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身近な題材で学ぶ
設計できるモデリング実践講座

ホッチキスを設計してみよう

 初めて設計実務に3DCADを使おうとした時、漠然とした不安や難しさを感じてしまう人も多いだろう。また、既に使ってはいるが「3DCADは難しい」「何からモデリングすれば良いか解らない」「どうも設計している気がしない」などという悩みも聞く。

 そこで今回は、身近にある「ホッチキス」を題材に、初心者が陥りやすい間違ったモデリングや設計の方法に触れながら、3DCADの実践的な活用方法を説明していこうと思う。これから、3DCADを使おうと考えている皆さんはもちろん、導入してはみたけれど、そのまま「ほこり」をかぶらせてしまった皆さんの参考になれば幸いである。

参考文献と資料
ホッチキスの構造、フラットクリンチなどの仕組みに関してはマックス株式会社様の「ホッチキス物語」を参考にさせていただきました。私自身もフラットクリンチが気に入っており、題材に使用したホッチキス「HD-10DFU」を以前から愛用しています。
掲載誌のご紹介
日刊工業新聞社「機械設計 2001年03月 別冊 CAD攻略マガジン」特集「3次元CAD早期立上げの秘訣を探る」 実践の巻2「身近な題材で学ぶ設計できるモデリング実践講座」 「ホッチキスを設計してみよう(16〜27ページ)」に掲載されたものに追記・修正を加えたものである。

Pro/ENGINEER(Creo)

 本記事で使用した3DCADはフィーチャベース・パラメトリックの代表ともいえる「Pro/ENGINEER(Creo)」である。

 モデリングの基本はフィーチャと呼ばれる単純な形状要素を組み合わせながら、複雑な形状を作成していく方式だ。「突起」「カット」「サーフェス」といった基本的なフィーチャに加え、「シェル」「ドラフト」「角R」「面取り」などの多様なフィーチャが提供されている。ぼかし面のある複雑な意匠曲面形状も、ソリッドフィーチャとサーフェスフィーチャを組み合わせれば、モデリングできない形状はないだろう。

 説明の中ではPro/ENGINEER(Creo)の操作コマンドやサンプル画像を用いているが、出来るだけ一般的なコマンドを使用し、他の3DCADでも十分に役立つ内容としたつもりだ。

著者プロフィール

 1956年奈良県生まれ。京都在住。1999年に三洋電機を退社。現在は独立し日本各地で3DCADを活用した設計コンサルティングを行なっている。設計情報を満載したサイト「龍菜 Ryu-na Design and Engineering」が好評。

 世の中に「モデリングできないものはない」というのがキャッチフレーズで、3DCADユーザの間では「ゴッドハンド」と呼ばれている。Pro/ENGINEER(Creo)は1995年から使用。

URL: http://gah01300.g.dgdg.jp/

Lesson.1 3次元CADを導入してはみたけれど

 筆者が3次元CADを設計実務に使い始めてから、もう5年目になるが、相変わらず聞かされるのが、「3次元CADは難しい」というような話だ。ひとくちに「難しい」といっても、実は2種類の要因がある。単純なCADの操作やモデリングに関する難しさと、モデリングは出来たが、どうやって設計を進めていけば良いのか解らない、という手法的なものだ。
 例えば、「3次元CADで設計すると、2次元CADの倍くらい時間が必要だ」、「数ヶ月かけて操作教育したのに、設計部門で使われていない」、「自由曲面や複雑な形状のモデリングが途中で行き詰まる」といった問題には、これらの要因が絡みあっている。

モデリングの方法

 まず、「難しさ」のひとつである、モデリングについて考えてみよう。

 モデリングとは、3次元空間内に立体形状を定義することであるから、形だけなら、どのような方法でも作ることはできる。しかし、より良い方法、あるいは最良の方法は存在するはずなので、それらをどのように見い出して、判断するかが重要だ。

 多くの3次元CADは、平面上にスケッチした断面を押し出して、立体を作る方法を採用している。3次元CADといえども、最初のスケッチは2次元であり、ある意味では2次元CADの影を引きずっているわけだ。初心者が「難しい」と感じてしまうのは、3次元CADにもかかわらず、2次元の断面をスケッチしないと、モデリングを始められない事や、同じ形状を作るのにも、いろんな方法が存在するからだろう。

 例えば、「L型ブラケット」を作ってみよう(Fig.1)。

Fig.1 L型ブラケット

完成した形状をモデリングしない

 初心者がよくやってしまうのは、断面形状をスケッチして、押し出しで突起を作成する方法だ。(Fig.2)

Fig.2 断面形状で押し出し

 簡単そうに思える方法だが、できあがった突起(押し出し)フィーチャには何の付加価値もない。設計的に意味のある形状は、全て2次元の断面スケッチに含まれており、突起(押し出し)フィーチャは、それを立体化しているだけに過ぎないからである。このようなモデルを変更したり、類似形状のモデルを作成する場合を想像してみよう。

 例えば、角Rを削除するだけでも、基本形状の断面スケッチに手を加えなくてはならない。設計者自身ならまだしも、他の設計者や次工程の担当者にとっては、ためらわれる行為である。また、新たに補強絞りを追加するような設計変更(Fig.3)が発生した場合、断面形状を一気に押し出して作ったモデルでは、形状の変更に対応できない。最初から作り直すしかないだろう。

Fig.3 補強絞りの追加変更

形状を考えていく過程をモデリングする

 Pro/ENGINEERに限らず、フィーチャベースの3次元CADでは「出来上がりの形状をモデリングする」のではなく、「形状を考えていく過程をフィーチャとして再現する」という考え方が重要だ。

 どのような部品であっても、「直方体(あるいは円柱)」から作り始める。(Fig.4)その部品が占有する3次元空間をモデリングすると思えばよい。直方体(または円柱)だけで部品を表現するということは、完成品の形状に頼らず、その部品の基準を明確にするということでもある。部品としての基準が適切であれば、直方体(円柱)だけでも設計検討ができるはずだ。

 ここでは、L型ブラケットの中心対称面を「CTR(中心面)」、取付面をそれぞれ、「HOR(水平面)」、「VERT(垂直面)」に設定した。

Fig.4 最初の直方体

 L型ブラケットの目的からすれば、直方体だけでもいいのだが、実際には使い勝手やコストを考慮しながら、成型品で作るのか、板金で作るのか、鋳物で作るのか、などを決めていく作業になる。ここでは、板金でL型ブラケットを作ることにしよう。(Fig.5)

Fig.5 シェルで薄板化

 モデリングは、直方体から不要な面を削除して、残った必要な面を一定の肉厚にすれば良い。(Fig.5)3次元CADのコマンドでは「シェル」という操作になる。設計した順番は、「部品の大きさ」→「材質(板金)」ということだ。フィーチャとしてみれば、「突起(直方体)」→「シェル(薄板化)」ということになる。

 このように、形状を考えていく過程をフィーチャとして再現しておけば、補強絞りを追加することも簡単だ。履歴を「シェル」の前まで戻って、補強絞りの形状を「カット」などで作ってしまえば良い。履歴を元に戻すと、フィーチャの順序は「突起(直方体)」→「カット(補強絞り)」→「シェル(薄板化)」となる。(Fig.6))

Fig.6 補強絞りの追加形状

 注意してほしいのは、設計した順番は「部品の大きさ」→「材質(板金)」→「補強絞り」であって、「部品の大きさ」→「補強絞り」→「材質(板金)」ではないことだ。


Lesson.2 目的と仕様を明確にしよう

 モデリングの操作は出来るが、設計のやり方がわからない、というのも3次元CADを難しく思わせている要因だ。冷静に考えれば、「3次元CADだから難しい」という話でもないのだが、2次元CADのカットアンドペーストに慣れてしまった「ペーパーエンジニア」には、設計が難しいと感じるようだ。

 今回は、身近にある「ホッチキス」を題材にして、設計の進め方を説明していこうと思う。

ホッチキスの目的

 設計というのは、「ある目的を実現するための具体的な手段を考えること」である。ホッチキスは、あまりにも身近にありすぎて、完成した製品の状態にばかり気になるかもしれない。しかし、あくまでも設計の結果(成果物)なので、白紙の状態から設計する場合は、結果であるホッチキスからではなく、ホッチキスの目的までさかのぼる必要がある。

 このように考えると、ホッチキスの目的は「紙を綴じる」ことだけである。(Fig.7)綴じる手段に「針」を使うのが一般的だが、これは「手段」であって「目的」ではないことに注意してほしい。「紙を綴じる」、という目的だけを考えれば、糊付けであってもいいわけだ。事実、針を使わない(紙で綴じる)ホッチキスも市販されている。

 日々の業務で、完全に白紙の状態から設計する、という場面は少ないかもしれない。しかし、自分が設計している製品の目的は何であるのか、ということだけは意識しておこう。

Fig.7 紙を綴じる

ホッチキスの仕様

 目的を明確にしたら、ホッチキスの基本的な仕様を決めていこう。仕様とは、「紙を綴じる」という「目的」を達成するために、指標として用いる具体的な「目標」のことである。目的は「紙」を「綴じる」ことだから、これらをキーワードにして、仕様書を作成していけば良い。

 まず、「紙」というキーワードについて、仕様を考えてみよう。消費者の要望や使い勝手などから判断して、コピー紙を20枚程度は綴じられるようにしておきたいものだ。けっして、技術的な理由から20枚が限度だ、などと考えないようにする。仕様書に記載するには、あとで検証可能できるように、具体的な数値も決めておくことが重要だ。例えば、「PPC用紙(64g/u)」を「20枚」重ねて、「綴じ厚2mm以内」で綴じテストを実施する、といったように表現にしておくと良い。

 もうひとつのキーワード、「綴じる」仕様も、技術的な方法を限定しないで、決めていこう。使う側から見れば、方式はどうであれ、綴じた跡がかさばってしまうのは困ったものだ。この場合も、綴じる方法を限定するのではなく、「綴じ用紙+0.8mm」以内に収める、というような仕様にする。

 その他、使い勝手、外観や意匠、納期、価格などの仕様も記載して、仕様書(Tab.1)を完成させる。技術的に出来る、出来ない、ということではなく、製品が売れるか、売れないか、という判断で仕様を決めるのがポイントだ。

Tab.1 ホッチキスの仕様書

項目 企画仕様 設計仕様
綴じ用紙 20枚(綴じ厚2mm以内)まで 10号針使用
PPC用紙(64g/u)使用
綴じ方式 本綴じ方式 クリンチ方式
容易に落丁しないこと
綴じ用紙+0.8mm以内 フラットクリンチ方式
連続使用 100回以上 10号針50本×2収納マガジン
綴じ奥行 35mm以上  
寸法 片手で操作可能とする 操作荷重
重心位置
H57mm×W26mm×L107mm
質量 100gr以内
外観 カラーバリエーション可能 樹脂カバー使用
納期 ****  
価格 ****  

ホッチキスは紙から設計する

 仕様が決まれば、構想設計を進めていこう。構想設計とは、目的に近い重要な部分から順番に、技術的なアイデアを抽出しながら構想を練っていく作業だ。ホッチキスで最も重要な「紙」と「針」から構想設計を進めていけば良い。

 仕様書によれば、コピー紙20枚を確実に綴じる、ということが目標だ。想定されるPPC用紙(64g/u)を20枚重ねてみると、2mm程度になる。確実に綴じるとすれば、「針」を使わざるを得ない。針を使わない方式では数枚が限界だ。

 「針方式」を採用した場合、従来から綴じた跡がかさばってしまうという問題があった。ホッチキス針の綴じ裏が「めがね状」になってしまうのである。(Fig.8)

Fig.8 めがね状の綴じ裏

Fig.9 平らな綴じ裏

 綴じ裏を平らに曲げることが(クリンチ)できれば、仕様書で決められているように「綴じ用紙+0.8mm」以内には収まる。しかし、従来の機構とは異なるアイデアが必要だ。(Fig.9)

 このように、問題点とアイデアを抽出しながら構想を練っていく作業の積み重ねが構想設計だ。抽出した技術的な裏付けやアイデアは仕様書に追記しておこう。

フラットクリンチのアイデア

 従来のクリンチ(針を曲げる)プロセスは、針が綴じ用紙を貫通しながら、クリンチャ(針を曲げる台)に当たって、溝に沿って曲げられる。「貫通」と「曲げ」が同時に行われるので、めがね状の綴じ裏になってしまうのだ。

Fig.10 針が綴じ紙を貫通

Fig.11 綴じ紙を貫通しながらクリンチ

 平らな綴じ裏にするには、「貫通」と「曲げ」の動作を分離すれば良い。針が綴じ用紙を貫通する間は、クリンチャを逃がしておき、完全に貫通してからクリンチャを当てて、針を平らに曲げてしまうという方法だ。この方法(フラットクリンチ)だと、綴じ跡の出代は最小限(針の厚み0.3mm×2=0.6 mm程度)であるから、仕様も満足できている。

Fig.12 針が綴じ紙を完全に貫通

Fig.13 綴じ紙を貫通しながらクリンチ

 基本構想の主要なユニットを機能別にまとめておこう。基本構想の段階では、3次元CADが(あれば便利だが)絶対に必要なわけではない。「知識」に裏付けされた「知恵」があれば大丈夫だ。

Tab.2 ホッチキスの主要な機能ユニット

マガジンユニット 一般的な10号針(50本)をマガジンに収納し、連続供給する
ハンドルユニット 針をドライバで押し下げ、綴じ用紙を貫通させる
クリンチャアームユニット 針を曲げるクリンチャとフラットクリンチ機構

Fig.14 ホッチキスの基本構想


Lesson.3 CADを操作する前に計画しよう

 構想設計が煮詰まってくると、手の着けられそうな部品からモデリングを始めたくなってしまう。気持ちは解るが、それでは設計者失格だ。実際にCADを操作する前に、必ず設計全体の計画を立てておこう。全体を把握するためには、部品リストを作ってしまうのが早道である。

設計機能を整理して樹系図と部品リストを作る

 部品のリストアップは、構想設計を進めた順番で、目的に近い重要な部品からチェックしていくと良い。同時に、各部品やユニットの設計的な機能や関連を整理した樹系図を作成する。

Tab.3 最初の樹系図

ホッチキス全体
  マガジンユニット
ハンドルユニット
クリンチャアームユニット

 「マガジンユニット」は、「針」→「針を連続して供給するためのプッシャ」→「プッシャガイド」→「針押しばね」→「マガジン」、「ステープルガイド」、「プッシャ解放レバー」→「マガジンシャフト」などの順番で考えていく。

 「ハンドルユニット」は、「ドライバ」→「ハンドル」、「クリンチャガイドを解放するレバー」→「ハンドルカバー」。

 「クリンチャアームユニット」は、「クリンチャ」→「フラットクリンチのためのクリンチャガイド」→「クリンチャロック」→「ばね類」→「クリンチャアーム」→「クリンチャカバー」と考えていけばよい。

 実際の作業では、機能レベル別に整理した部品リストを作成しておけば良いだろう。(Tab.4)

Tab.4 ホッチキス(HD90013)の部品リスト

No Assy Level ファイル名 Type 部品名 数量 用途・使用個所 材質l 処理
model_name part_name Qty materia treatment
01 1 hd90013.asm asm Stapler 1 ホッチキス全体    
02 2 hd_0001 prt Paper - 綴じ用紙(1枚) SCM3 M6×15  
03   2 hd_0001_10 prt Paper_10 - 綴じ用紙(10枚)    
04   2 hd_0001_20 prt Paper_20 - 綴じ用紙(20枚)    
05   2 hd_0002 prt Staple - 綴じ針(1本)    
06   2 hd_0003.asm asm Magazine_Unit 1 マガジンユニット    
07     3 hd_0002 prt Staple - 綴じ針(1本)    
08     3 hd_0002_50 prt Staple_50 2 綴じ針(50本)    
09     3 hd_0008 prt Pusher 1 プッシャ ABS  
10     3 hd_0009 prt Guide_Pusher 1 プッシャガイド SWM Φ2.0 ZnMC
11     3 hd_0010 prt Spring_Pusher 1 針押しばね SWP Φ0.29 Ni
12     3 hd_0011 prt Magazine 1 マガジン SPCC T1.0 NiM2
13     3 hd_0014 prt Guide_Staple 1 ステープルガイド SPCC T0.8 NiM2
14     3 hd_0015 prt Lever_Pusher 1 プッシャー開放レバー SPCC T1.0 NiM2
15     3 hd_0022 prt Shaft 1 マガジンシャフト SUS Φ3.0  
16   2 hd_0005.asm asm Handle_Unit 1 ハンドルユニット    
17     3 hd_0012.asm asm Driver_Unit 1 ハンドル組立    
18       4 hd_0004 prt Driver 1 ドライバ SUS T0.55  
19       4 hd_0013 prt Handle 1 ハンドル SPCC T0.8 NiM2
20     3 hd_0016 prt Lever_Clincher 1 クリンチャガイド開放レバー SPCC T1.2 NiM2 
21     3 hd_0023 prt Cover_Handle 1 ハンドルカバー ABS  
22   2 hd_0007.asm asm Arm_Clincher_Unit 1 クリンチャアームユニット    
23     3 hd_0006 prt Clincher 1 クリンチャ SPCC T2.1 NiM2
24     3 hd_0017 prt Guide_Clincher 1 クリンチャガイド ABS  
25     3 hd_0018 prt Lock_Clincher 1 クリンチャロック ABS  
26     3 hd_0019 prt Spring_Clincher 1 クリンチャばね SWP Φ0.65  
27     3 hd_0020 prt Spring_Lock 1 クリンチャロックばね SWP Φ0.45  
28     3 hd_0021 prt Spring_Arm 1 クリンチャアームばね SWP Φ0.9  
29     3 hd_0024 prt Arm_Clincher 1 クリンチャアーム SPCC T1.2 NiM2 
30     3 hd_0025 prt Cover_Bottom 1 アームカバー ABS  

ファイル名は最初に決める

 全ての部品をリストアップしたら、3次元CADで使用するファイル名を最初に決めておこう。ファイル名は社内で重複しないように、図番や部品番号をそのまま使うのが基本だ。最初は仮のファイル名(例えば shaft など)にしておき、出図の時に正式なファイル名に付け替える、という方法は避けた方が良い。

 これは、途中でファイル名を変更すること自体のわずらわしさもさることながら、「コンカレント」に作業を進めている関連部署にも変更の負担を強いることになるからだ。同時に、部品名や材質などもできる限り決めておく。

アセンブリと部品の基準を決める

 設計で重要なのは、アセンブリや部品の基準を適切に決めることである。適切な基準とは、部品の形状が変更されても変わらない位置であり、ホッチキスでは「紙」と「針」が、設計機能的に最も重要な基準となる。

 具体的には、「綴じ用紙」の上面」=「マガジンユニットの下面」と「綴じ針」の中心を基準にした。これに対して、上部から「ハンドルユニット」が、下部から「クリンチャアームユニット」が回動することになる。 (Fig.15)

Fig.15 ホッチキスの基準

設計時間と作業分担を決める

 全ての資料が準備できたら、設計時間を見積もることができる。設計時間と納期に応じて、作業の分担を決めよう。多人数で設計する場合は、樹系図と部品リストに基づいた事前の打ち合わせが重要だ。CADに向かう前に、やるべきことがたくさんあるけれど、これらを全て準備し、全体の計画を練っておけば、設計の半分以上は終わったと言える。


Lesson.4 アセンブリしてから部品を作ろう

 ホッチキスが身近な題材だけに、必要な部品を先にモデリングしてから、これらを組み付けていけば良い、と思いがちだ。実際、そのようなアセンブリ方法もよく見かけるのだが、「設計した気分」にはならないだろう。確かに、「ホッチキスの製品形状」はできるかもしれない。しかし、それらの形状を考えていく過程こそが設計作業なのだから、全く意味のないことだ。

 個々の部品は、製品の目的や機能を満たすように形状を決めていくはずである。このため、部品を作った後でアセンブリにするのではなく、アセンブリしてから部品を作るのが正しい設計方法である。2次元CADのカットアンドペーストに慣れてしまった「ペーパーエンジニア」にとっては、違和感がある方法かもしれない。しかし、ベテラン設計者にとっては当然の方法だろう。

全てのファイルを準備する

 部品リストに基づいて、最初に必要なファイルを全て準備してしまおう。(Fig.16、Fig.17)部品とアセンブリに、基準座標と基準面を作っておくと良いだろう。忘れがちだが、空の部品を配置した図面も同時に作っておこう。

Fig.16 空の部品

Fig.17 空の図面

基準だけの部品を組み付ける

 アセンブリから作るということは、基準を最初に決めるということだ。この時、実際の部品形状がモデリングされている必要はない。適切に決められた部品の基準だけがあれば十分である。Pro/ENGINEERの場合はデータム座標系(デフォルト座標系)とデータム平面(デフォルトデータム平面)をデータの基準として使用する。他のCADでも、データの原点に基準座標を作成し、座標系の3軸(X-Y-Z)に直交する作業平面を基準面とすれば良い。

 最初は、これらの基準だけでアセンブリしていくのだ。組み付け位置が未定の部品はデフォルトの座標系でアセンブリしておき、あとで配置しなおせばよいだろう。とにかく、「そこそこ」の位置でも良いから、全ての部品を組み付けてしまうことが優先だ。「基準」だけで組み付けていくやり方は、2次元の設計で中心線を書きながら、部品の組み付けを検討する作業と全く同じである。3次元空間内に組み付けた基準だけのアセンブリを、ある一方向から眺めてみれば、このことが実感できると思う。(Fig.18、Fig.19)

 つまり、3次元CADだから、ということではなくて、手書き図面の時代から、まじめな設計者は普通にやってきた作業のはずである。しかし、2次元CADのカットアンドペーストに慣れきってしまった人達には、「基準」だけしかない部品で検討することが奇異に映るようだ。

Fig.18 ホッチキス全体(hd90013.asm)

Fig.19 ホッチキスの右側面(hd90012.asm)

全ての部品を直方体で作る

 基準だけの部品を組み付け終わったら、全ての部品を直方体(又は円柱)だけで作ってしまおう。直方体と円柱だけだが、それぞれの部品空間が明確になるので、基準だけの部品よりも正確なレイアウト調整ができる。各ユニットのアセンブリを見れば解ると思うが、この時点でも基本的な検討が可能だ。(Fig.20、Fig.21、Fig.22)

Fig.20 マガジンユニット

マガジンユニット(hd_0003.asm)
  綴じ針
プッシャ
プッシャガイド
プッシャばね
マガジン
ステープルガイド
プッシャー開放レバー
マガジンシャフト

Fig.22 クリンチャアームユニット

クリンチャアームユニット(hd_0007.asm)
  クリンチャ
クリンチャガイド
クリンチャロック
クリンチャばね
クリンチャロックばね
クリンチャアームばね
クリンチャアーム
アームカバー

Fig.21 ハンドルユニット

ハンドルユニット(hd_0005.asm)
  ドライバ
ハンドル
クリンチャガイド開放レバー
ハンドルカバー

Fig.23 ホッチキス全体(hd90013.asm)


Fig.24 ホッチキス右側面(hd90013.asm)

 まだ、直方体と円柱しか作っていないのに、全ての部品を組み付けて、基準同士の位置を調整すれば、ホッチキスに見えてしまう。ここまで作ってしまえば、常に製品全体の検討をしながら、各部品を詳細に設計していくことができる。もちろん、そのつどアセンブリのレイアウトは調整していけば良い。 (Fig.23、Fig.24)


Lesson.5 ホッチキスを動かしてみよう

 ホッチキス全体の基準を、針の中心とマガジンユニットの下面(紙の表面)に決めたので、マガジンユニットに対して、ハンドルユニットとクリンチャアームユニットが回動することになる。動作の伴うアセンブリは、部品を組み付けてから動きをシミュレーションするのではなく、最初から「動」きを「作」っておくのがポイントだ。具体的には、アセンブリの中に動作を表現するカーブを作っておく。(Fig.25)

Fig.25 動作のモデリング

 複雑そうに思える動きでも、純粋な動作の仕組みだけを取り出せば、数本のカーブで表現できる。空間上に「竹ひご」をモデリングすると考えても良いだろう。勘違いしないでほしいのは、動作は設計が決めるべきものであって、部品をアセンブリしてから、結果として生じるものではないということだ。

 動作のモデリングができれば、これにハンドルユニットやクリンチャアームユニットを組み付け直せばよい。(Fig.26、Fig.27)

Fig.26 ハンドルユニットの組み付け

Fig.27 クリンチャアームユニットの組み付け

 このようにしておくと、ハンドルユニットを開いた状態などでも、簡単に再現できる。(Fig.28、Fig.29)動作をモデリングしたカーブの寸法(開き角度)を修正してやれば良いだけである。検討した結果は、図面として残しておこう。

Fig.28 ハンドルユニットを開く

Fig.29 ハンドルユニットを開いた状態

 3次元CADを使えば「図面レス」にできるとまことしやかに言われて久しいが、これを信じて図面を描くのをやめてはいけない。確かに、従来の形状を表現するような図面はなくなるが、設計意図や検討結果を伝えるための図面は必要なのだ。図面は、モデルを作りながら、自分の設計メモとして積極的に使っていけばよい。(Fig.30)

Fig.30 設計メモ図面


Lesson.6 板金部品を作ってみよう

 基本的なレイアウト、動作などを検証したら、各部品を平均して作りこんでいけば良い。この時、設計で形を決めていくプロセスをフィーチャとして再現していくように心がけよう。

 板金部品の例として、綴じ針を収納する「マガジン」の作り方を説明する。直方体から作り初めて、シェルをうまく使うのがコツである。また、対称形状なので、半分だけ作って、「ジオメトリミラー」というコマンドで反対側を作ることにする。(Fig.31、Fig.32)

Fig.31 設計中のマガジン(hd_0011.prt)

Fig.32 最初の直方体

Fig.33 ジオメトリミラーで反対側を作る

Fig.34 シェルで直方体の外側へ薄板化

 ここまでが、基本形状である。このあと、側面に「プッシャー解放レバー」をスライドさせるための絞り溝を作成するのだが、ジオメトリミラーの前に戻って作ればよい。(Fig.35)絞り溝になる突起を作った後で、履歴を戻せば、ジオメトリミラーとシェルが反映され、絞り溝が両側にできる。(Fig.36)

Fig.35 絞り溝になる突起を作った

Fig.36 履歴を戻す

 あとは、詳細設計を進めながら、不要部分をカットするとか、穴を作成するとか、していけば良い。まだ、形状は完成していないが、重要な設計要件は盛り込まれているので、「部品らしく」見えると思う。(Fig.37)

Fig.37 不要部分のカット


Lesson.7 自由曲面の成型品をモデリングしよう

 モデリングで最もスキルと経験が要求されるのは、自由曲面のある成型品だろう。筆者も、世の中に「モデリングできないものはない」というのをキャッチフレーズにしているためか、他では不可能と言われたモデリングを依頼されることも多い。但し、モデリングのコツは単純なことなので、読者の皆さんも身近な題材でトライしてみてほしい。

 ここでは、ホッチキスのハンドルカバー(Fいg.38)を取り上げてみよう。ハンドルカバーは中心面「CTR」に対称品形状なので、片側だけをモデリングしたあとで、全体をミラーした後、マージして完成させることにしよう。

Fig.38 ハンドルカバー(hd_0023.prt)

サーフェスのなめらかさは曲率で確認

 意匠外観面が優先される製品は、サーフェスの連続性や稜線(いわゆる、R尻線)のなめらかさを優先させることが必須である。また、サーフェス自体の数も出来る限り少なくしよう。

 自由曲面を作成する時に使用するコマンドは、Pro/ENGINEERの「徐変断面スイープ」である。角Rやフィレット、徐変Rなどは使用しない。また、徐変断面スイープの軌道には、「円錐曲線」、「スプライン」を使用して、円弧は使用しない。 サーフェスのなめらかさは「曲率」をチェックして、曲率の変化率が連続であればOKだ。

 側面形状は、曲率をチェックしたカーブを軌道にして、徐変断面スイープでサーフェスを作る。(Fig.39)作成したサーフェスで、直方体をカットすれば、側面形状ができる。必ず、出来上がった面の曲率は確認しておこう。(Fig.40)

Fig.39 側面形状の作成

Fig.40 側面のガウス曲率を確認

 天面も同様な方法で作成していく。(Fig.41)ガウス曲率の色の変化が連続的であれば大丈夫だ。(Fig.42)

Fig.41 天面のカットに使うサーフェス

Fig42 天面のガウス曲率を確認

 片側の基本形状(Fig.43)が出来上がったら、ジオメトリミラーを使って、全体の基本形状を確認しよう。(Fig.44)

Fig.43 片側の基本形状

Fig.44 全体の基本形状

 部分的なぼかし面や、角部を丸めていく作業は独自に面を貼って、対応するしかないだろう。(Fig.45、Fig.46)

Fig.45 角部の丸め形状

Fig.46 角部の作り方

 ハンドルカバーで、やっかいな部分はP/L(パーティングライン)の処理である。今回は、面をねじりながらスイープさせてみた。この部分は、15°〜35°まで、ねじっている。(Fig.47)このような時、注意しなければならないのが、抜き勾配のチェックだ。面の角度は十分なのだが、回り込み方によっては抜き勾配がゼロになってしまう部分(青くなっている)が発生する。(Fig.48)

Fig.47 P/L部分の作成

Fig.48 ねじり面の抜き勾配をチェック

 P/L部(抜き勾配をチェックした部分)の段差は、部分的にサーフェスを作成し、なじませてしまう。(Fig.49、Fig.50)

Fig.49 P/L部(ねじり面)の段差

Fig.50 ぼかし面の作成

 最終的に出来上がった形状も曲率の確認をしておこう。(Fig.51)見逃しがちなのが、稜線の曲率変化だ。空間的に捩れているので、思わぬところが汚くなっている時がある。コア側の基本面は、シェルを使えないので、別個に作ってカットしたが、このあたりまで、モデリングできればあとは大丈夫だ。(Fig.52)

Fig.51 稜線の曲率チェック

Fig.52 コア側の基本面


Lesson.8 設計できるモデリング

 ホッチキスの形状は完成していないけれど、ここまでの作業で、設計の流れは理解して頂けたと思う。最初に目的を明確にして、基本仕様さえ決めてしまえば、どんなものでも設計できるのである。(Fig.53)

Fig.53 ここまでのホッチキス

 もちろん、この後、細部の機構を検証しながら部品形状を決めていく作業が残っているのだが、記事で説明したように、完成した形状にばかりこだわってモデリングするのではなく、完成した形状を作っていく過程をモデリングするということを常に意識してほしい。そうすれば、たとえ直方体や円柱だけのモデルであっても、設計で使えるものになるのだ。

 ここで説明したことは、自分が設計者であるとか、モデラーであるとかに関わらず、重要なことである。せっかく、時間をかけて作るデータなのだから、設計できるモデリングを心がけ、苦労して作ったデータがちゃんと一人歩きできるようにしてほしい。

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